80年ごろ、日本で最初にエレキギターを作ったグヤトーンに就職しました。教授がせっかく書いてくれたヤマハへの推薦状も無駄にし、コルグの面接も無駄にしてグヤトーンこと東京サウンドの開発に、机と作業ブースを手にしました。とにかく魅力的な会社でした。企画の大先輩コンちゃんは、しょっ中ご飯を食べさせてくれるし電子工学を出た私にカタログの仕事を投げてくれるし、成毛さんに会わせてくれるし、仕事終わりにはライブやイベントに連れてってくれていろんな打ち上げに混ぜてくれました。ある時は、バックステージで裕也さんから缶ビールを手渡されたり、ゲイリー・ムーアに会える貴重なチャンスをもらったりと、とにかく素晴らしい先輩でした。
シンセの回路設計をしたくて入った会社でしたが、このコンちゃんのおかげで印刷物の作り方を1から学べて、40年以上も仕事を続けてこれたと感謝しています。カタログの仕事といっても今のようにイラストレーターがある訳でなく、写植の時代でした。レイアウトから版下ができるまで、全てが人力です。なんでもコンピュータでできる今とはおお違いですね。もちろん、アンプの回路図も、キャビネットのデザインも製図板の上で手書きの時代でした。そんな時、モリダイラのエフェクター『ROZZ』のデザインの仕事をいただきました。今でしたら、Vectorworksで1週間で図面を起こして、週末には深圳の金型屋さんにFaceTime。3日後にはCGが送られてきて、FaceTime。その翌週には3Dプリンタで出力したモデルが送られてきて、FaceTime。ちなみに数年前に起こした4個の金型の樹脂成形品はこんな手順で製品化しました。
当時は、アルミ合金のエフェクターケース5万個プレスに耐える金型1つで4、500ぐらいでした。ひと月以上も掛けて必死で手書き図面を書いた記憶があります。ちなみに、先ほどの樹脂用金型は、4型でその半分程度です。恐ろしい!
グヤトーンには、コンちゃんだけでなく多くの尊敬できる先輩方が一杯いらっしゃいました。当時のグヤトーンのエフェクターのほぼ全機種を一人で設計していた2年先輩のエフェクターのスペシャリストや、手書きであっという間に真空管アンプの実体配線図を描いてしまうアンプの巨匠の金ちゃん。開発の長でもある金ちゃんには、1から回路図の書き方を教えてもらいました。どんな物でもすぐ修理できてしまうリペアの仙人「朝比奈」さん、他にも名人、鉄人・・で一杯の会社でしたね。
残念なことに、その後数年でグヤトーンを退職しました。






